4月21日、ばたばたと打ち合わせを終え、2時20分位に東京を出発。打ち合わせで渡す絵を前夜描いていた為、ほとんど徹夜状態だ。東北道を使い、北へ向かう。NPOから現地入りするなら報道の方からの依頼で双葉郡富岡町に放置され弱っているゴールデンがいるから、様子を見てきて欲しいと頼まれていたのでそこを目指す。常磐道ならすぐだが、途中通行止めになっており回り道をするしかない。それでもこの日の夜中12時に警戒区域になるため、時間が無い。二本松や福島西あたりから回りこむには時間がかかり過ぎる恐れがあるため、郡山から磐越道でいわきへ。ここから一般道6号線で北上する。6号線も分断されているという情報を得てはいたが行ってみるしか仕方ない。夜8時半20キロ圏内に入るところですでに検問が始まっていた。何しに行かれますかというので犬の保護にと言うと、いかにも行かせたくなさそうだったが通してくれる。ここから急激に道路状況が悪くなる。軽くバリアを置いてある所をどかしながら進むが、ついには大きな陥没があり通れなくなる。ナビでは現場まで5キロぐらい。迂回路をさがすが、どこも陥没、ひび割れ等で進めない。乗り捨てられた車を何台も見かける。あせりながらもあちこち道を探して入り込んだエリアで犬、猫を見かけると保護をしようと近づくが警戒心が強く寄ってこない。仕方なく片っ端からエサを多めに置いてくる。今残っている犬猫達は警戒心が強いですよとNPOから聞いていたが、明日からは文字通りゴーストタウンになる場所だ。エサも簡単にはもらえなくなるだろう。あせる気持ちを抑えながら、とにかくエサをまく。ところどころにNPOかボランティアが置いたと思われるエサ箱を見つけるとそこも一杯にしておく。それにしても、20キロ圏内は当然ながら誰もおらず、電気も点いていないので背筋が寒くなるような終末感が漂っている。時々防護服に身を包み、家財道具の運び出しをあせってやっている人たちがいる。中にはジャージ上下にサンダルという軽装で作業してる人も見かけた。どうしてこのようにひどい被害を受けた人達が、自分の財産を運び出すのにこんなバタバタで泥棒のような感じで作業をしなければならないのか、どうしても政府のやることがあまりにも行き当たりばったりで強い怒りを覚える。もうちょっと時間を取り、自衛隊にも手伝ってもらいやることができないのか。動物達も大捕獲作戦で強引に圏外に連れ出すようなことぐらい1日でもいいからやれないのか、私には理解できない。道探しにも行き詰まり、時間切れもせまってきたので泣く泣く現場にいくのを断念。悔しさと情けなさで涙が出る。オフロード仕様でパワーのある4WDでもあればもう少し荒れた道でも突き進めたかもしれない。11時半に20キロ圏から出て、翌日のことを考え郡山まで戻る。翌日は朝から南相馬へ向かう。途中知人から聞いていたボランティアのエサやりおばちゃんグループにエサを差し入れ。自分達がエサをやっている猫達は丸々と太っていると自慢していた(笑)。南相馬に入ると、衝撃的な光景が広がる。写真がそうだが、もちろんここは海岸ではない。おそらく畑だったと思われる。きっと苦労して買っただろうに、この船の持ち主たちはこれを見てどんな気持ちになるだろうか。不謹慎だがダリの絵を思い出す。情報を得に市役所に行くが、物凄い人でごった返している。転出届けや被災証明書をもらう人達だろう。南相馬はかなりの店が閉まっており開いているコンビニも品不足だった。住んでいる人も生活がしにくいはずだ。それを考えて支援物資としてペットフードを置いていこうと思い担当の人に聞く。それでもかなりの物資が集まってるだろうし、廃棄されることがあったらイヤだなと考えたが、ありがたくいただきますという事だったので渡すことにする。時々エサないかと聞きに来る人がいるが、今まではNPOなりの番号を教えてここでは断っているという事だった。緊急災害動物本部などに問い合わせが出来る人はいいだろうが、老人が多く、そういう情報の使い分けが出来る人ばかりではない。東京でもそうだが、案外お年寄りはコンビニで猫のエサ買ってるという人は多い。支援物資が集まる体育館まで運ぶ。物で溢れかえっているかと思ったらそうでもない。その後20キロ圏周辺で保護活動を試みる。あまり動物は見かけない。まだ住んでいる人が多いので一定の管理が出来ていると思われる。20キロ圏内にはもう入れないので中はどうなっているか解らない。この地域も全体が計画的避難エリアになったため、新たな動物被害が生まれる可能性は高い。写真のパグは保護するかどうか迷った犬。工場のようなところに繋がれていたが、電気もついていたので少し前まで人がいた感じもする。しばらく待ったが誰も出てこないし、帰ってこない。それでも毛ツヤや痩せてはいないことなどを考えて管理されてると判断してその場を去る。所有権の問題もありやたらめったら連れ出すわけにもいかない。そういうトラブルも多いらしい。こんなことの繰り返しでモヤモヤするが仕方がない。その後エサをやれる場所には出来るだけエサを置いて帰路につく。東北道に乗るために、県道を使い長い距離を走る。途中、新たに計画的避難エリアに指定された飯舘村や川俣といったところを通る。飯舘村には全国で唯一の村営の書店「本の森いいたて」がある。実は何年か前にここからオーダーをいただいた事がある。小学校の先生が卒業生全員にうちのブックカバーを贈りたいという事だった。ああ、こんな所にあったのかと感慨深い。素晴らしくモダンな役場と関連施設が並んで立つどこかヨーロッパを思わせる美しい村だ。この村もいずれ避難することになるのだろうか。それにしても、道路が分断されているおかげで物凄い移動距離だ。2日間で走行距離が1,200キロを超える。2回満タンにしてさらにその後メーターが半分近くになる。ほとんど移動だけするような感じになってしまう。NPOの現場スタッフも毎日あちこちを移動しながら、保護活動をしている。車が2台しかないと嘆いていたが、ガソリン代をはじめとする経費は大変だろうと思う。やはりお金を支援するのがいいのかなと思う。現地の人の心も切れかけていて、動物の保護依頼も徐々に少なくなっているらしく、前は依頼があって動く形だったのが今は依頼が無くても保護をするようになっているようだ。所有権放棄する人も多いらしい。正直動物どころではないというのが今の現地の方の心境ではないだろうか。私もそれを感じた。とにかく今政府がやるべき事は原発問題にケリをつけることだ。米軍でもIAEAでもフランスにでもロシアにでもどこにでも頭を下げて、この原発を食い止めることだ。そのためにはどんな代償でも払って構わない。そうでなければ復興は始まらないし、動物の事を考える余裕も生まれない。現地の人と話すと政府への不信感の大きさを感じる。役所の人すらそういう印象を受けた。ずるずると避難エリアは拡大し、原発もいい方向に向かっているわけでもないのだ。報道は一部しか伝えない。避難所にも格差が生まれ、安全で物資が溢れているところもあれば、忘れ去られかねない場所もあると言う。正直2日間私は何も出来なかったに等しい。1日、2日行った所で場所も問題も大きすぎて手がつかない感じだ。それでも現場を見て感じるところはあるし、やはり出来る事を小さくてもやることは大事だと思う。物資はあるところにはあるが、必要な所に的確に配分されているとは限らない。ギリギリの現場でそれを届け、何とかする汚れ仕事をやっているのはやはりNPOやボランティアだ。NPOは色々な団体があり癖があるところもあるが概ね頑張っていると思う。アニマルトラストも犬舎を増設して対応するようだ。この後私は、仕事モードに戻り、色々こなさないといけない。しかし、また行こうと思う。援助の手が届きにくい場所や個人の情報を出来るだけ集め、そこに手助けをしたい。避難所にはいないがエサの入手に苦労してる人やそういうことを声を大にして言いにくいムードもあるのも確かなので、そういう所をこちらから訪ねて行く必要もあるなと感じた。皆さんの支援物資もありがたかった。予想以上に沢山集まり、お金の支援を申し出てくれる人も何人かいた。効果的に使えるかどうか解らないのでお金は迷ったが私がそれほど裕福ではないのも事実なので、ありがたく頂戴した。私が用意した分も含めてエサは3千食分ほど集まったが半分ほど消費しました。残りは次もしくは送る事もあるかと思います。皆さんの切実かつ熱い思いはよく伝わりました。この場をかりてお礼申し上げます。必ず何かの形で返します。さてこの後は5月4日から梅田の阪神百貨店での猫展です。私が毎日現場にいます。関西エリアでは大きなイベントなので是非ご来場下さい。寄付はもちろんありがたいですが、うちの商品も忘れないでください(笑)
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